解説:二酸化炭素フラックス (1/9)

森林総合研究所 気象環境研究領域 大谷義一
大谷義一(2001): 二酸化炭素フラックス, 森林科学, 33, 10-17
森林科学「特集 森林から見た二酸化炭素問題」より、日本林学会森林科学編集委員会の許可を得て掲載しています。

目次

  1. 森林生態系の炭素収支
  2. 森林の炭素蓄積と純一次生産の特徴
  3. 森林群落の炭素フラックス
  4. 森林群落−大気間のCO2フラックスの測定
  5. 森林総研フラックスネット(FFPRI FluxNet)
  6. 正味生態系CO2交換量の季節変化(富士吉田森林気象試験地の観測例)
  7. 今後の課題
  8. 語句解説
  9. 引用文献

1. 森林生態系の炭素収支

森林生態系は,生態系を構成する植物体の大きな現存量と,複雑な空間分布によって特徴づけられる.森林は地球上の陸地面積の30〜40%を占め,大気との間でエネルギや物質の交換を行っている.森林生態系を構成する樹木などの植物は,太陽からの放射をエネルギ源として,光合成によって大気中のCO2を吸収し有機物に固定するとともに,光合成や生きてゆくために必要な呼吸を行いCO2を放出する.また,落葉・落枝など地表面に落下した植物体は,土壌微生物や動物の作用によって分解され,大気にCO2を放出する.一般に,森林生態系の炭素収支に関わる基礎的なメカニズムは,他のC3植物群落*1と変わらないが,1) CO2(炭素)の吸収・放出や貯留に関して特性が大きく異なる生態系構成要素(葉,幹・枝,根系などの植物体や土壌微生物など)が複雑に空間分布する,2) 季節変化(葉面積,水分状態など),年々変化(植物体成長など)といった多重の時間スケールで生態系構成要素が変化する,などの理由で森林の炭素収支は単純ではない.

このような森林生態系の炭素収支を大まかに示すと図1のようになる.森林生態系の炭素収支に関連して,図中の四角で囲った文字は炭素が貯留される場所,矢印を伴った文字は炭素フラックスを表す.フラックスとは,単位時間内に単位面積を通って輸送される物質やエネルギなどの量で,ここでは炭素あるいはCO2の輸送量*2をいう.図から分かるように,群落内には葉群,樹幹・枝,土壌といった炭素収支に関わる個別要素があり,それぞれをコンパートメントと呼ぶ.年間の炭素収支を考えるとき,コンパートメント毎の蓄積量の時間変化やコンパートメント間の輸送量を組み合わせて,群落全体の炭素収支を見積もることができる.


図1 森林生態系の炭素収支の概念
四角で囲った文字は炭素が貯留される場所,矢印を伴った文字は炭素フラックスを表す

森林群落の炭素収支において,光合成によって合成された有機物の生産量を総生産量*3(GPP)という.一方,植物は生命活動によって大気中にCO2を放出し,その量を呼吸量(R)という.総生産量から呼吸量を引いた値である純一次生産量(NPP)は,利用可能な植物の生産力を表すとともに,炭素収支の面から生態系を特徴づける指標でもあるため,これを測定することが古くから行われてきた.NPPの伝統的な測定法は,NPP = GPP - R = ΔW + L + G の関係を用いて行われる.ここに,ΔW はある期間内のバイオマスの蓄積変化量(成長量),L は落葉落枝や根系の枯死として植物体から土壌へ供給される有機物量,G は動物による被食量であるが,一般に G は小さいとして無視されることが多い.ΔW は,伐倒木の年輪解析から求めた樹幹材積の成長量,および胸高直径*4と枝・葉・根量との関係などから推定する.また,L はリタートラップ*5で測定する.このような NPP の測定法は林学的手法とも呼ばれ,この方法による収支評価の期間は通常1年〜5年に取られることが多い.